テルノグ

文章もお絵描きも、かきたいときだけかく。

かつて正面から見ていたものを横から見た

 酷評されたり絶賛されたりしている(自分のツイッターアカウント調べ)某打ち上げ花火を下からやら横からやらみたいなタイトルになってしまったが、全然違う内容になる。

 

「たくさん敵を倒した騎士は戦いにおいては英雄だが、平和な世の中では人殺し」のように、環境を変えると見え方が当然変わる。

幸いわたしたちには想像力があるから、わざわざ環境を変えなくても思い描くことはできる。

 

 これをしたらどう思われるか?なぜ相手はこんなことをしてくるのか?こういった想像力と、現実をすり合わせて譲るときは譲り、我を通すときは通して、うまく生きていかねばならない。

 

 見方を変える、立場を置き換えて考える。

小さいころに観た角度を変える。それを強烈に見せつけてきたマンガに出会った。

 

ここ2,3日ハマったマンガであり、ジャンプ+(ジャンププラス。WJが読めるアプリ)の無料分+無料コインを使い切ってもまだ先が読みたくてAmazonで続きを買った。無料でマンガが読める環境は、合法的なものに絞ってもかなり整っていると思うが、それでもお金を払ってでも読みたいと思うマンガは久しぶりだった。

 

 別作品だが、今でもたまーに、懐かしのアニメランキングなどで見かけるが、わたしは小さいころ、お姫様が好きで、「ベルサイユのばら」をレンタルしてもらってはよく観ていた。(子どものアタマながら、処刑される運命であることは察していた)

あの話はフランス王妃マリー・アントワネットと、男装の麗人オスカルが主人公だ。

 

 そこから子供のわたしの中ではディズニープリンセスが台頭してきて、マリー・アントワネットより幸せなお姫様たちに夢中になっていったわけだが、小さいころに観た金髪のお姫様にキラキラしたドレスとお城への憧れのようなものは、魂にこびりついているようで、大人になった今でも「マリー・アントワネット」「ヴェルサイユ宮殿」というワードを察知すると反応してしまう。


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去年2016年から今年の2月までやってたマリーアントワネット展はまんまと見に行った。

 

 

 そして、そんな刷り込みがされているアタマで、ヤングジャンプで連載していたマンガに出会い、夢中で読んでいたわけだ。

 

 作品の名前は「イノサン」。

マリーアントワネットを処刑したフランスの死刑執行人が主人公の作品である。

 繊細な絵柄も素晴らしいが、かつて「ベルサイユのばら」に始まり世界史の授業でさっと触れたマリーアントワネットとフランス革命を正面から見たものであるとすれば、「イノサン」は同じ時代を横から見たようだと感じた。

最近はFate grand orderなるアプリゲームにも登場したので知ってる人も増えてきたが、処刑人シャルル・アンリ・サンソンの話である。余談だがわたしの推しであるイスカンダルもこのマンガのイメージ映像(?)で登場した。

 

ベルサイユのばら」とは時代と舞台こそ同じだが、幼少の頃にはマリーアントワネットを不幸にすると思っていた側の人物が主人公になり、彼は元来優しく、罪人を処刑することに苦悩している。

人の心の裡は処刑人だけでなく、宮殿内のいやらしい権力争いや足の引っ張り合い、貧しい平民が心を荒ませているさまなどに及び、ダークな一面が色濃く描かれている。

また、「ベルサイユのばら」のオスカルを思わせるポジションの人物が登場したときは、「こう繋げてきたか!」と感動した。その感動を誰かに話したかったがために今書いているようなものだ。

 

 史実とフィクションをどこまで織り交ぜているか詳しくは調べていないし検証もしていないが、「ベルばら」の世界とは一味違った、生々しい世界を見て、あの時ただキラキラした世界というだけで見ていたアタマを両手で爪を立てて掴まれ、無理やり横に捻られて見せられている苛烈さだ。

 

 事実、必死で生きていた人たちがいた。実際の歴史のなかで起きたエピソードを見て、これはマンガだが、人の数だけ視点があり、人の数だけ物語というものはあるのだ。

過酷な時代のフランスに生きる彼らの生きざまを見て、わたしたちも、自分の世界の主人公だということをもう少し自覚して、踊らされずに生きたいものである。

 

 
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あまりにマリーがカッコ良くて思わず描いた。